雪の上のメッセージ

「トキをつかまえるな」 ~片野尾集落の話~

1981年1月、日本で唯一佐渡だけに残った野生のトキ5羽の全鳥捕獲が行われました。その時、こんなエピソードがありました。

トキのねぐらがある片野尾に宿をとり準備を進めていた捕獲班は、ある朝民宿の前にある防波堤を見て驚きました。

吹き付ける雪で白くなった壁面に、雪の上を指でなぞって「トキをつかまえるな」という文字が書かれていたからです。

捕獲班が宿泊した「民宿かねご」(手前から2軒目)とトキのねぐらだった大平山(正面)

誰が、どんな気持ちで書いたのか。

その謎が解けたのは2年前(2019年)、片野尾で行われた第21回トキ放鳥を見に行ったときのことです。

2019年9月27日 片野尾集落で行われた第21回トキ放鳥

放鳥後に集落の集会場でお祝いをすると聞き、私も仲間に入れていただきました。みんなでわいわいと話をしている中で、思いがけない言葉を聞きました。

私の斜め前にいた男性が「片野尾でトキが捕獲された頃、自分は小学1年生だったけど、雪の上に『トキをつかまえるな』と書いた」と話し始めました。

「『あの民宿に片野尾のトキを捕まえに来た人たちが泊まっている』大人たちがそう言っているのを聞いて、子どもたちは悪い人たちが来ているように思っていた。だからその人たちが泊まっている間は、防波堤の壁が雪で白くなると自分だけじゃなくて他の子たちも同じようなことを書いていた。」このような話でした。

灰色の防波堤が、吹き付けられた雪で白い黒板のようになり、そこに文字を書いたという。

毎朝、ねぐらの大平山から飛び立ち、夕方にはまた戻って来るトキ。集落総出の餌場づくりなどをして見守ってきたトキ。片野尾の人たちにとっては、この5羽は「片野尾のトキ」だったのです。

その思いは子どもたちにも伝わり、そんな大事なトキを捕まえて片野尾から連れ去ってしまおうとする人たちに、精一杯の抗議をしたのでしょう。

片野尾に再びトキが戻って来るまで約40年かかりましたが、当時の記憶が胸によみがえってきた方たちが何人もいらっしゃったと思います。

佐渡に残るあまたのトキ保護の歴史。それをこれからも見つけていきたいと思います。