2.情報の収集と整理(第2段階調査と現在までの展開)
各主体から情報を収集する作業(調査)を地域社会側から見ると、調査者からトキの野生復帰プロジェクトの説明を受け、調査者に対し、
調査項目への回答の形でプロジェクトへの期待と不安、課題、ときには批判と苦情を提示する。調査であると同時に一つの対話であり、
調査側から見ると合意形成の場でもある。地域社会づくりの調査とは、プロジェクトに対する要望を確認、整理し、
各主体の参画の仕方と参画の効果を把握する機会である。以下は、具体的な事例に則して紹介する。
【トキ生息地情報の収集と展開】
トキ保護に関わって来た人々の思いは、「朱鷺の遺言」(小林照幸 1998)の登場人物である佐藤春雄先生、高野高治氏の子息・毅氏、
近辻宏帰氏や、トキの観察記録をとっていた片野尾地区の宇治一夫氏をはじめとする地域社会の人々から聞き取りを行った。
かつてのトキの生息地を聞き取り、現地踏査を行い、トキの餌場としての復元の可能性や課題を確認しながら情報収集を行った。この調査の中で、
高野毅氏(現:協議会会長)が維持しつづけているトキのビオトープ周辺の荒廃地(生椿の元棚田)の復元が決まり、
試行的な餌場整備作業を開始した。高野毅氏の「あの棚田を復田させたい」という調査での一言は、その後、高野氏自身を復田作業の先導役、
指導者とし、現在各地に広がるビオトープのモデル形成につながっていく。その後、調査地となった野浦、片野尾、久知河内等では、
取材調査の過程で、餌場の整備プロジェクトが立ち上がり、7年が経過した現在では、
20地区が住民主体で何らかの餌場整備活動を担うまでに至っている。これらの活動の誘因は調査過程にあるが、
実施段階では地区の自主的な地域社会づくりの一環として、保全作業が行われている。つまり、地域社会が個別の意味づけを行い、
生物多様性の保全のための活動を、地域活動として取り入れたことになる。
【自然環境情報の収集と展開】
地域社会づくりにおけるトキの生息環境整備のための自然環境調査は、森林の状況、湧水の位置、溜池と湿田の位置などの聞き取りと合わせて、、
棚田における水管理の大切さや、トキが生息していた環境の変化、今の暮らし方などを聞き取り、今、地域社会の中で何ができるのか、
地域社会の中で何を変えることができて、何を変えられないのかを知ることに重点を置く。生物多様性の劣化の要因に水田のほ場整備、暗渠排水、
水路の改変があることから、農地を買い取り、囲いを設け、サンクチュアリとして保護増殖を行うのならこの調査は不要だが、トキの野生復帰とは、
人々の暮らしの中に、生態系上位の野生生物が再び復帰することである。地域社会は、閉鎖性を備えているが故に、集落の形や文化が継承されており、
急激な変化を望まない。そこに鳴り物入りでトキが再導入されることから、それぞれの地域社会の中でトキが議論され、
トキとの共生や生物多様性が地域の中で意義をもたなければ、共生はほど遠いことになる。そのために、自然環境調査は、
本来の調査目的と同時に地域社会の議論と意義の形成を目的とする。
調査後の具体的な展開の例を挙げる。野浦地区では、集落全体の70%の水田を当面の目標に冬水田を取り入れた環境保全型農業への転換と、
耕作が困難な場所では、稲を植えない通年冠水の湿地(トキビオトープ)への転換を図っている。同時に、
後継者対策や安全安心という付加価値をつけた米の生産と販売(直売)、外部との交流による地域社会づくり、伝統芸能の継承など、
地域づくりの方針を明確に打ち出し、方針の中核にトキの野生復帰をおいている。芸能も、交流も、農業、
後継者育成もトキとの関わりから語られている。
久知河内地区では、ホタル祭りを集落行事の中核に据えており、ホタルの里に磨きをかけるために、サケの遡れる川づくりと、
トキとの共生した地域社会を新たな地区目標とした。ホタル、サケの遡上、トキとの共生は、生物多様性の復元という視点から相反しないことから、
トキの餌場整備=ホタルの生息環境整備、サケの遡る川づくり=サワガニ、カワニナ、タニシをはじめとする生物の生息環境整備として位置づけ、
餌場整備活動を積極的に推進している。
自然環境調査は、情報収集ののち、調査手法とともに、地区のみならず活用されている。小学校では、授業等にトキの餌生物調査を取り入れ、
水と環境の学習では、台所の洗剤と農薬、ゴミの問題から、トキとの共生には人間の水管理が大切であることを学ぶなど、
それぞれの学年の課題に応じたトキ学習に寄与している。
また、農地水環境保全向上対策や中山間地対策などの事業に対し、地区では自然環境調査をふまえ、
積極的に生物調査やビオトープ整備を取り入れている。
【環境保全型農業団体情報の収集と展開】
トキの野生復帰のためには、少なくとも減農薬減化学肥料をはじめとする環境保全型農業の普及が必要であり、
有機農業が推進できればトキの餌生物等生物多様性の確保に望ましい。そのために、佐渡島内において、有機農業、
環境保全型農業についての調査を行った。環境保全型農法に取り組んできた試された農法、団体や個人と米の販路、及び、販売上の課題、
農業改良普及センターや農協との連携の有無などを聞き取り、成功例、失敗例をふまえて、農業者のリスクの少ない方策を実践者、
農業者等と議論した。
その結果、少数でも先進的な有機農業実践者と多数の環境保全型農家が交流しながら餌場環境を拡大していく姿が、
佐渡方式となるのではないかというビジョンが得られた。
具体的な取り組みとしては、平成13年に、旧新穂村が村内で不耕起栽培の普及啓発を行った際に、調査事務局において、無農薬有機農法
(米ぬかくず大豆による抑草と成苗植え)の勉強会を開催、農業改良普及センターが減農薬減化学肥料の農法の普及を行った。これにより、
一つの農法が否定されても、環境保全型農法自体が拒否されないような配慮を行った。
その後、協議会を通じ、慣行栽培から、段階的な生き物がすめる水田をめざして、生き物調査の実施、
生き物調査への支援制度の創設に向けた学習会や民間基金を活用した支援策などを展開した。平成19年度からは、新潟県、佐渡市の連携事業により、
トキビオトープ支援制度が誕生し、農薬化学肥料を5割以下にする特別栽培と冬水田をセットした農法への支援、及び、
ビオトープ維持管理支援制度ができた。平成20年度度以降は、特に小佐渡東部地区における餌場環境整備が拡大する方向にある。
【自治組織、市民活動団体情報の収集と展開】
既存の自治組織、市民活動団体におけるトキの野生復帰に関わる取り組みや地域社会づくりを実行、先導できるかについて調査を行った。
調査開始時は、トキの野生復帰への現実感がなく、該当する活動を行う自治組織、市民活動団体はきわめて少なく、実践活動も皆無であった。
そこで、環境省のモデル事業実施中の第2段階に、実践活動を行う団体の育成に向けた調査事業を進めた。その後、
協議会による団体育成や実践作業支援などを通じ、平成12年から今日まで、既存組織によるさまざまな実践活動や団体が生まれ、
活動目的を達成し閉じた団体もあれば、新たに立ち上がる団体もある。
トキの野生復帰に関わる取り組みや地域社会づくりについて、自治組織、市民活動団体ごとに活動が混沌としている状況について、
一部の研究者等から行政やコーディネーターによる適正なコントロールを行うべきではないかとの指摘を受けることがある。しかし、
地域社会や市民団体は、各主体ごとの多様性と独自性により、その能力を発揮できる。ここにおける協議会の役割は、情報の共有とともに、
主体の多様性の前提となる混沌(カオス)を生み出し、常に刺激を与えることである。
【大学や専門機関による研究情報の収集と展開】
大学や専門機関は、トキの野生復帰に関し、または、関連するそれぞれの研究目的に応じて調査や実験を含む研究活動を行ってきた。とりわけ、
平成12年度以降、トキの野生復帰に関する調査研究活動が盛んに行われている。これらの研究成果は広く公開され、
さまざまな計画づくりや実践活動に役立てられてきた。
地域社会づくりの視点からは、特に、地域社会に継続的に影響を与える研究活動が、地域社会づくりのパートナーとなっている。
新潟大学や獨協大学などは、トキの餌場整備活動を早期から開始し、講義・研究に組み込んでいる。さまざまな大学・
専門機関が地域社会との関わりをもつことは、地域社会にとっては安定した外部者を持つこととなり、外部者の視点および対話、
交流を通して多様な地域社会づくりの展開が可能となる。佐渡島の小佐渡東部地域だけでも40地区あり、すべての地区での研究・調査、
実践を通じた取り組みは困難でも、近隣する他地区での活動は、周辺地区への刺激となる。また、調査・研究を兼ねたモデル的な取り組みは、
課題と効果が検証され、行政等による新たな制度や事業に発展することが可能となる。
【観光事業者等の情報の収集と展開】
佐渡観光とトキとの関係についての情報収集は、観光業を営む事業者が、トキに対して抱いている認識と評価を共有し、
トキの生息環境整備と観光との位置づけを明確にする作業である。佐渡島は、観光地として知られるが、交通に費やす時間とコストにより、近年、
観光による経済効果が低迷している。第1ステップから第3ステップの現在まで、トキと観光の関係は、
佐渡トキ保護センターに隣接するトキの森公園を観光客が短時間立ち寄るのみで、観光スポットのひとつという位置づけであった。
土産物や観光ポスターでトキがブランド力を持っているが、新規の観光需要を開拓するには至っていない。そのため多くの佐渡市民、佐渡市議会、
島内で生計を立て暮らす多くの人々の関心は、トキに対して、生物多様性の観点よりも、観光収入をはじめとするトキによる経済効果の側面にある。
この側面からの明確な回答ができれば、佐渡島が一丸となって生物多様性の豊かな「トキの島」(佐渡市)となる可能性がある。しかし、
トキが観光資源として大きな影響力をもつのは、第4ステップに至ってからとなる。
第3ステップでは、小学生の修学旅行におけるビオトープ整備体験をトキ交流会館の受け入れ事業として確立し、エコ・
ツーリズムの可能性を示唆した。平成19年度からは、佐渡市、観光協会、市民活動団体が共同で佐渡エコ・ツーリズムのガイド養成を開始したが、
トキの野生復帰をふまえた体制づくりはこれからの課題である。集客のためのガイド養成、
トキ関連観光メニュー整備とともに地域社会での受け入れ体制や野生復帰との整合性の確保などが必要となる。
観光地として佐渡島は交通に費やす時間とコストでの不利条件を抱えており、経済効果確立のためには、
観光関連事業者による本格的な取り組みが欠かせない。一方、行政等による推進だけでなく、
各事業者の事業判断で取り組まなければ事業の継続や経済化は成立しない。地域社会における産品開発や観光受け入れ、個別のエコ・
ツーリズムの事業化は観光関連事業者との連携が欠かせない。第4ステップを目前にして、大きな課題を残している。

