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■ トキ・メッセージ10 佐渡市野浦地区

佐渡の南東部・いわゆる「小佐渡東部」にある野浦地区はかつて野生のトキが最後に営巣をしたところです。現在、 野浦地区はトキとの共生を目標に「野浦の里づくり」に取り組んでいます。野浦地区は昔から文弥人形や春駒などの伝統芸能が盛んで、 芸能を通じて佐渡島内外との交流を行っています。「トキ」を柱にした野浦地区の取り組みについて、明日の・のうら21推進委員会事務局長・ 臼杵満さんと、野浦トキの郷米生産組合組合長・臼杵春三さんにお話を聞きました。
(インタビュー・文責:トキファンクラブ事務局)

野浦地区

●野浦住民のトキへの愛着
佐渡で野生のトキが残り10羽前後になったころの話です。それまで新穂地区にくらしていたトキが、 野浦地区のある佐渡の東海岸へ来るようになりました。野浦には真野小学校の校長をつとめた山本輝治さんがいて、当時の 「両津市ときを愛護する会」の会長もしていました。 野浦地区では山本さんの影響もあって昭和30~50年代にトキの保護活動を行っていました。野浦地区の苦木平(にがきだいら) には野生のトキが最後に営巣した松ノ木があります。その周辺に広がる田んぼでは、トキのために農薬を使わないようにしました。 除草剤を使わないので、日曜日になると野浦の婦人会が出かけていって、ボランティアで田んぼの草取りをし、 トキのエサとしてふもとから運んだドジョウを放していました。
私たちにとってトキの数は少なくなっていても親や祖父母からトキの話を聞いたり、 田植えの時分には山から降りてエサをとるトキの姿に親しんでおり、トキとともに暮らしていたのです。

野浦婦人会草取り
(婦人会の草取り)

●トキがかえってくる
昭和56年に、佐渡島内に5羽残っていたトキが全鳥捕獲されることになりました。私たちは、自然のままにトキが増えて欲しいと願っており、 全鳥捕獲には反対でしたが、それもトキへの愛着からでした。中国のトキが発見される前のことです。佐渡の自然の中にトキがいなくなって、 野浦地区とトキとの縁は一度途絶えました。
しかし、私たちは、これまでのトキとの関わりをずっと心の中で大事にしていました。
平成12年に当時の環境庁から「トキが100羽近くに増えたら、トキを佐渡の自然下に放す」というトキ保護増殖の方針が出されました。 野浦地区にずっとあった「トキに再び佐渡の自然の中にかえって来てほしい」という願いが実現します。 トキが自然の中に戻るのならトキのすめる環境が必要だと、トキがすむ環境づくりに再び立ち上りました。

●野浦の夢が見えた
トキのすむ環境づくりをといっても、生活する私たちの現実もあります。トキと人がともに生きるための道筋が必要です。
そのきっかけとなったのが、平成12年環境庁の「共生と循環の地域社会づくりモデル事業」として、里地ネットワークと一緒に行った、 地元をみんなで見直す「地元学」の取り組みです。野浦地区の人口130人のうち82人、子どもからお年寄りまでほとんどが参加し、 佐渡の他の地区や島外から来た人も加わって、「野浦たんけん隊」による地元学の調査をやりました。この調査は、 班に分かれて野浦の家の中から山の中のすみずみまで調べます。海・山・畑でとれるもの、道具、仕事、年中行事、料理などなど。 昔の道のようす、お地蔵さんのいわれ、川の流れていくところ、清水のありか、それぞれの場所にいる生きもの、地区内の木や花など、 あるものを全部調べました。お年寄も一緒に班になっているので、知らないことや昔のことはお年寄りに話を聞きます。 公民館に戻って各班の発表をまとめました。
これを2年間がかりで、季節ごとに行いました。昔から住んでいても地区について分からないことがありましたし、 年配者にはあたりまえのことでも若い人には伝わっていません。知っていることでもあたり前のことだと思いこんでいて、 野浦地区独自のものに気づいていないこともありました。トキとの関わりでご高齢の佐藤春夫先生が参加して、 みんなで最後の営巣地を確認しに行きました。野浦地区の自然や暮らしを見つめ直したことで、 野浦地区が育んできたものをみんなで知ることになりました。それが野浦地区の宝物と気づき、「野浦大百科」という冊子にもまとめて、 みんなが再認識・新発見したのです。

野浦大百科
(『野浦大百科』。全36ページ)

そこから野浦地区に夢が生まれました。21世紀にむけての野浦の地域づくりをしようということになり、 トキと人がくらせるような野浦の自然と文化作り、そして地域外の人と交流をしようということが柱になりました。その母体として平成14年に 「明日の・のうら21推進委員会」を組織しました。組織内には産業振興部、生活環境部、伝統文化部の3つの部を設け、 これまで地区内でそれぞれに行っていた年齢別グループや、趣味クラブといった、 野浦地区にもともとからあった組織と連携を図りながら活動を行っています。野浦の人々が、 地域の宝とトキを柱にしたこれからの夢を共有したことで、野浦地区の意識の盛り上がりができました。

●野浦がまとまるみなもと
野浦地区には、老若男女だれもが入る年齢別のグループがあります。保育園児から高校生までの「子ども会」、子ども会を卒業すると「若藤会」 という青年会。女性は結婚すると青年会から「婦人会」へ。42歳の男の厄年を過ぎると青年は「双葉会」という中高年会へ。 70歳を超えると高齢者の「白藤会」に入ります。
年齢で集まるのとは別に、趣味クラブがあります。伝統芸能のひとつ「春駒」を踊る春駒保存会。佐渡おけさや野浦音頭も披露する「民謡研究会」 、国の重要無形文化財である文弥人形は「双葉座」として活動しています。伝統的なもののほかに、洋舞踊や、日本舞踊のクラブもあります。 年齢別グループや趣味クラブは昔から活発に活動していて、地区の全員が参加しており、なかには幾つもかけ持ちしている人もいます。 これが野浦地区の結束力の基礎になっています。40戸ほどの地区なので昔から何事も協力し合う土地柄です。

野浦フェスティバル春駒
(春駒の上演。野浦芸能の里フェスティバルにて)

2年に1度開催される春祭りでは村芝居が上演され、折々の年中行事にもいろいろな芸能が披露されます。 幼いときから暮らしの中の芸能を見ており、自然と関心を持ちます。
野浦の村芝居はトキの演劇などを住民総出で上演します。配役を考えながら地区内の人が脚本を書いて監督もします。 お年寄りはお年寄りなりの必要な演技があり、保育園に通う孫も出るところがあります。誰しもに必要な役割があり、 みんなが断りもせずに出演します。平成14年には、島内で行われたトキのシンポジウムでトキが野生復帰されたときの演劇を披露しました。
芝居や芸能の練習は何ヶ月も前から行います。仕事を終えて、夜や休日に行うので、 くたびれている時もありますが自分がうまくなりたいから一生懸命練習します。野浦の人は性格が明るく、積極性があります。 どんな舞台でも恐れることなく相手に訴えかける表現をします。芸能は人を育て、芸能には無駄がありません。

文弥指導
(文弥人形。日々の練習にも熱がこもります)

日ごろの練習の成果を披露し、芸能を通して地区外の人と交流を図ろうと、平成12年から毎年夏に「野浦芸能フェスティバル」 を開催しています。フェスティバルではトキと共生するための無農薬栽培で作ったお米のおにぎりや、 野浦でとれたサザエや魚を焼いた海の幸も販売しています。開催日数日前になると、地区の住民ほとんどが漁や会場づくりなど準備をして、 当日は舞台に出演したりフェスティバルの運営をしています。毎年人気で400人ほどの人が訪れています。
伝統芸能を通じて徳島県那賀町と地域同士の交流も生まれています。全国から村芝居の団体が集まる村芝居サミットにも出演しました。 佐渡島内からも出演依頼があり、文弥人形などを各地で上演しています。野浦地区には芸能の伝承と交流のための施設「野浦伝統芸能伝承館」 があり、希望があれば野浦の芸能を上演しています。

●トキを軸に活動が広まる
今、野浦地区では、 トキが安心してエサを食べられる田んぼづくりに賛同してくれる人が増え、毎年面積が広がまっています。最初は数人で30aくらいでしたが、 今では村の半分以上が農薬を5割以上減らしたトキの田んぼづくりをしています。野浦には水田が21haあり、 そのうち10haがトキのエサ場となるビオトープや冬期湛水田になっています。
野浦地区など小佐渡東部は海沿いに集落があり、すぐに急傾斜となって、そこに田んぼや畑ができています。 野浦でも田んぼは標高400mくらいの棚田です。田んぼは狭く畦が多いので、お米の量はとることができませんし、 労力や作業費は多くかかります。ですが労力をかけた分おいしく、トキも安心してエサをとれる米作りをしたいと思います。 トキの郷米生産組合を立ち上げ、トキの田んぼでとれたお米を「トキの郷米」という野浦ブランドで販売しています。
トキの郷米の購入者の中には、ツアーを組んで野浦の棚田や海を見に来る団体もいます。田んぼを見て、芸能フェスティバルで交流をします。 2008年からはトキの田んぼの1俵オーナー制度を始めました。トキの田んぼでとれる安全でおいしいお米を購入してもらうことで、 野浦の米作りと棚田、トキの生息できる環境が守られます。

善七さんの田んぼ
(標高400メートル。野浦地区で一番高いところにある善七さんの田んぼ)

トキに関係して、大学生が毎年野浦地区に来ています。環境学や授業のひとつとして、野浦の自然の調査や、 トキへの取り組みを体験しています。トキの田んぼの草刈りや、生きもの調査、野浦の神社の掃除をしたり、イカ釣り漁に行ったり、 海で泳ぐこともあります。公民館で地元の人と交流し、目の前の海と山でとれた海の幸・山の幸が並び、 学生が文弥人形を実際に使って教わります。学生、教授、野浦地区の若い人も年寄りも交ざった楽しいひとときです。

大学生へ伝授
(中学生へ伝授)

●若い人が入ってくる
野浦の芸能クラブにも、明日の・のうら21委員会にも、後継となる若い人がいます。 今おもに取り組んでいる私たちは何年かすれば終わりですから、若い人を入れて後継者を育てておきます。仕事が忙しいでしょうが、 若い人の方から入りたいといってくれます。文弥人形の双葉座では、今年の春祭りで新人同士を初出演・初主演をさせます。 若い人を育てるのも楽しいことです。

大学へ通うため佐渡島外に行った子どもたちも、野浦の活動を見ていて地元に帰って来たいと言います。それがうれしいです。 子どもたちは正月になるとみんな野浦に帰って来て、年中行事の春駒を各家庭をまわって踊ります。 小さい頃から教えているからいつでもどこでも踊れます。
昨年の夏、見たことあるなあと思う若者がいたので声をかけてみたら、かつて大学の授業で野浦に来たという学生でした。 卒業してもまた野浦に来たくなって訪れたと話す学生を見て感激しました。

2008年の秋には佐渡の自然の中にトキが放たれます。再びトキが野浦にすみつくよう期待しています。
4月の春祭りや7月のフェスティバルでは一同お待ちしています。どうぞみなさん来てください。

野浦地区芸能の案内
・2008年4月20日(日) 春祭り 文弥人形演目『弁慶と義経 無常の橋』
・2008年7月20日(日) 第9回野浦芸能の里フェスティバル
・ 要望があればいつでも野浦の芸能を上演します。入館料は大人(高校生以上)1,000円、小人(小中学生) 500円で10人程度。基本は野浦伝統芸能伝承館での上演ですが出張も相談に応じます。
お申し込み・お問い合わせは明日の・のうら21推進委員会まで。(担当・臼杵)
電話:0259-29-2078 
Eメール:usuk@aioro.ocn.ne.jp(@を全角にしています。半角に変えて送信してください)


写真の一部は『こちら佐渡 野浦情報局』ホームページから提供いただきました。
http://wind.ap.teacup.com/noura/

[ 掲載日 2008年03月12日 | 読みもの ▼ひとつ前へ戻る ▲ひとつ次へ進む ]