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立間と新穂のつながり

佐渡の南東部にある立間地区へ、むかしの田んぼを見に行きました。
海岸の集落から山へしばらく車で進むと棚田がありました。木々に囲まれた棚田は、沢沿いに、今は作られていない田んぼがあります。 今年の夏にビオトープになる予定で、再び水をたたえ、かつてのかたちを取り戻します。

立間むかしの田んぼ

棚田からの帰りがけに、地区の方が「昔ここから新穂地区につながる道があったんだ」と、 田んぼの後ろにある林を指して教えてくれました。
新穂地区は、立間地区と山を隔てた内地にある、トキ交流会館のある地区です。
「よく新穂へ米と塩を交換しに行ったものさ」と、地区の方が話します。
こんなに山奥まで棚田をつくっているのに、山を越えて、まだお米をもらいに行く必要が?と聞くと、
「ここまで田んぼを作ってもお米が足りなかったのさ。昔は家族も多かったしなぁ」
「だから昔、立間には塩釜というのがあって、海水を煮詰めて塩をとり、米と交換していたのさ。行きも帰りも重い荷物を背負ったものだよ」 と話してくれました。

立間地区と新穂地区は、海岸と内地の地域で、縁の遠い地域だと思っていましたが、 お互い生活に欠かせないものを交換する地域同士のつながりがあったとは。
ふと、こうしたかかわり合いで昔は佐渡島じゅうがつながっていたのだろうか、と思いました。

[ 掲載日:2008年07月07日 | カテゴリ:佐渡のこと ]